染匠 吉野屋の讃岐のり染と讃岐正藍染。真摯に取り組む先に生まれる新たな琴平文化 / 大野 篤彦

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琴平町を散策すると所々で見かける「染匠 吉野屋」の染物。香川県の伝統的工芸品である「讃岐のり染」という手法を用いて、一点一点手作業で、デザインから縫製まですべて手掛ける「染匠 吉野屋」は、創業大正元年の長い歴史を持つ琴平町の老舗染物屋です。

染め上げた歌舞伎の幟(のぼり)をトートバックに仕立てた商品や、アパレルメーカーとのさまざまなコラボ商品など、受け継がれた技術を活かして新しい商品開発にも力を入れています。数年前からは日本古来から伝わる正藍染(しょうあいぞめ)も取り入れ、香川の新たなブランドを生み出そうと奮闘中です。

そんな挑戦を続けるのは「染匠 吉野屋」四代目の大野篤彦(おおの あつひこ)さん。生まれ育った琴平町へ戻ってきてから16年以上の時間を過ごす大野さんに、現在に至るまでの活動から今後の取り組み、その背景にある想いを伺いました。

染匠 吉野屋 四代目・大野篤彦
京都の大学で日本画を学び、地元企業でデザイナー職歴を得て、香川県の伝統的工芸品「讃岐のり染」という手法を用いた琴平町の老舗染物屋「染匠 吉野屋」を四代目として継ぐ。「讃岐のり染」を継承しながらも、自然由来の「讃岐正藍染」にも挑戦している。

 

「いずれ吉野屋に戻ってくる」着地点ありきの回り道

ーー吉野屋は伝統ある染物屋ということですが、物心がついた頃から家業を継ごうと思っていたのですか?

吉野屋を継ごうという気持ちはずっとありましたね。大学で日本画を学び、香川県の高松市でグラフィックデザインの仕事に就いたあと家業を継ぎましたが、やはりデザインと作画の知識は今の仕事をする上で必要な基盤となっています。吉野屋で仕事をするために必要な経験は何かを考え、回り道をして戻ってきた感じです。

 

ーー過去の経験が今に繋がっているのですね。家業を継ぐ想いが変わらなかった実体験などがあれば教えてください。

幼少期からいろんな色を使って染物をしている風景が身近にあり、面白そうだなという感覚がありました。その頃から絵を書くことも好きだったので、吉野屋を継ぐ以外の選択肢はありませんでした。

 

ーーなるほど。大学や就職を機に一度琴平町から外に出て、異なる仕事に就くことで得られたものはありますか?

ものを作って終わりではなく、その価値を継続してどう展開していくかが重要だと考えられるようになりました。「どういうターゲットにして商品を作るのか」「価格設定や販路をどうするか」「どんな宣伝・広告を出すか」。これは家業を離れて外から見ないとわからなかったことだと思います。

 

技術を後世に残すため、真摯に向き合う

写真提供:染匠 吉野屋

ーー家業を継いだ当時と今とで変わったことはありますか?

最初の10年くらいは技術的な習得のために黙々とものを作り続けていましたが、10年が過ぎた頃から染物業界や地域を取り巻く状況がわかるようになってきて。技術をどうにかして残していかないといけない。残すためにはどういう動き方をしなければいけないかなど考えるようになりました。

 

ーー技術を残していくという気持ちがかなり強いのですね。

自分ができることを精一杯するのはもちろんのこと、関わる人に満足してもらえるまでやり続けたい気持ちがあります。そうすると人は寄ってくるし「自分が一生懸命やることで琴平町の宣伝にもなる」と最終的に落ち着きました。それはずっと琴平町にいないとわからなかったことです。

 

ーーなぜそこまで一生懸命に取り組めているのですか。
吉野屋の染物を通して、日本の染色技術を後世に残していくという使命感が原動力になっているのかもしれません。今までの枠にとらわれない取り組みの中で生みの苦しみを味わうこともありますが、楽しみながら自分を追い込んでいます。

 

ワークショップを通して染物の魅力を知ってほしい

ーー染物の魅力を伝えるために行っている取り組みがあれば教えてください。

実際に染物に触れる体験を通して商品を知ってもらいたいと思い、ワークショップを行っています。体験するメリットは生産地や染色技術を知ってもらうことにありますが、まずは吉野屋で「讃岐のり染」を体験してもらう。そうすることで「もう少し色やデザインを違うものにすれば良かった」と、体験を終えてからも興味関心を持つ機会を作れますよね。自ら体験することで染物を思い通りに完成させることの難しさを体感し、本染めの商品価値を高めていけたらと思っています。

 

ーーほかに染物に興味関心を持ってもらうために何か意識していることはありますか?

染物屋の枠にとらわれず、自分がハブとなって染物の魅力を伝えていくことですね。染物でバックを作ってもいいし、食を通して染物を知ってもらう場所を作ることでもいい。「讃岐のり染」という日本の染色技術を残すために、行動を起こすことを心掛けています。

 

染物屋のルーツとしての讃岐正藍染

ーー「食を通して、染物を知ってもらう場所を作っていく」とはどういうことか気になりました。

イベントやマルシェで染物ってなかなか敷居が高くて売れないんですよね。まずは染物を知って、関心を持ってもらいたい。染物屋が食に関わってはいけないというルールはないと思うんですよね。

たとえば現在、琴平町にはパン屋がない。そこで友人が作るベーグルを販売させてもらっています。ベーグルが琴平町の食の文化として定着してきたらそのほかの食を提供できる体制を少しずつ作りたい。マルシェなどでお店や人を集めるだけではなくて、定期的に決まった場所へ足を運べば商品が買えるという文化を作っていきたいです。その延長線上に染物があればいいと考えています。

 

ーー琴平町の活性化を目的としたプロジェクト活動をされていたとお伺いしたのですが、そうした活動がきっかけとなっているのですか?

そうですね。こんぴらさん以外のブランドがあまりない琴平町で何か他の魅力を作りたいという想いから、「ことがひらく町、琴平町」というコンセプトでマルシェやものづくりを行いました。その一環として、3年前に立ち上げた、「讃岐正藍染」の取り組みがあります。蒅(すくも)と灰汁だけで建てる正藍染、藍の栽培、蒅づくり、染めまで日々奮闘しています。

 

新たな香川文化を作るため、「讃岐正藍染」に挑戦

写真提供:染匠 吉野屋

ーー今までに取り組んできたさまざまな活動や商品作り、そしてその背景にある想いをお伺いしてきましたが、今後の展望があればお聞かせください。

「讃岐正藍染」の取り組みをしっかりと地場産業にすることですね。香川といえば「讃岐正藍染」と言ってもらえるところまで価値を高めていく。地元琴平で作ったものをみんなに知ってもらいたいし、手に取ってもらいたい。吉野屋が起点となって物事が動き出す場所や文化を作っていきたいです。

 

ーー「讃岐正藍染」を知ってもらうために、地域の方と一緒に取り組みなども行っているのですか?

3年程前から、地域の農家さんと共に「讃岐正藍染」の栽培・原料作りをはじめました。まだ産業的に基盤はできていないのですが、認知度も上がっていて、さまざまな商品を作り始めています。例えば、アパレルメーカーと共同で進めている「讃岐正藍染」の商品、丸亀うちわ職人さんと取り組んでいる「讃岐のり染」生地や「讃岐正藍染」生地を使った丸亀うちわ、プロダクトデザイナーとのペンケース作りや、制帽会社とのコラボ商品などです。

最近は地元で育てた藍を使って「讃岐正藍染」を作るというストーリー性や、「讃岐正藍染」は色移りがしないということで県内外からも注目されてきています。地元琴平で基盤作りを行って、新たな文化を生み出していきたいです。


吉野屋の染物を身近に感じるワークショップ

老舗染物屋の四代目というと最初は少し構えてしまいますが、「讃岐のり染」や「讃岐正藍染」、ベーグル販売など多角的に取り組まれている大野さんのお話はとても面白く、話せば話すほど笑顔を見せてくれる姿に何度も癒されました。何に対してひたむきに取り組むか、大野さんの取り組みを知ることで考えるきっかけが生まれるかもしれません。

「染匠 吉野屋」では、「讃岐のり染」や「讃岐正藍染」の生地を用いた丸亀うちわづくり体験ができます。体験を通して、より身近に「讃岐のり染」や「讃岐正藍染」の面白さ、難しさを体感したあと、吉野屋で作られた商品を手に取ってみるのも楽しいのではないでしょうか。大野さんから直接お話を聞けるのも体験の魅力の一つです。

■詳細は下記からご覧いただけます。
染匠 吉野屋 (kotohirayoshinoya.jp)

取材・文:土肥 瑞希
編集:木村 紗奈江
撮影:近兼 涼佳
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【染匠 吉野屋 基本情報】
住所:香川県仲多度郡琴平町旭町286
TEL:0877-75-2628
営業時間:9:00~17:00
定休日:水曜日
駐車場:有
公式サイトURL:染匠 吉野屋
公式Twitter:讃岐のり染 染匠吉野屋 (@kotohirakonya)
公式Instagram琴平 染匠吉野屋(@kotohirayoshinoya)